大学院

実はこっそり大学院を受験していました。

大学院とは行っても私立で、しかも、大学院なのに3年間のコースで
(通常イギリスの大学院は1年)、しかも、学費はなし。
そして、世界的に有名で、世界中から受験者がやってきます。

とっても競争率が高いので半ば宝くじでも購入する気持ちでアプリケーションを提出しました。
ほんのすこーーーーしの期待がなかったといえばウソになりますが、
面接にこぎつけることはどうやらできなかったようです。

毎年600人以上受験し、その狭い門をくぐりぬけるのは20名以下。
昨年は16人が選ばれました。

わたしのカレッジで教えているチューターの数名はこの大学院をでています。
なにせ学費は全額学校側がサポートするので、
まったくフェアに、受験者のアートポテンシャルのみで選ばれます。
この大学院をでたからといって、アーティストとしての将来が約束されるなんてことは
ありませんが、現に、カレッジのチューターは絵を売って暮らしているわけではないし。

とはいえ、3年間という時間を自分に与え、学生という立場で、自分がつくるものと、
つくるという気持ちと、じっくり向かい合えるなんてなんて、素晴らしいんだろうと。
なにを教えられるわけでもなく。場を与えられて。
自己否定や自己肯定をくりかえして。

わたしの友人がこの大学院の面接に招かれることになりました。
とっても、羨ましいなあ。
まだ、受かったわけではないけれども、でも、羨ましいなあ。
ニュースを聞いてから今日一日、なんだか、心がはらはらして、
落ち着かず、「どうしてこんなにはらはらするのかな」と、自分に問いかけつつ。

カレッジでコースを始めて以来、言い訳でなく、
つくることに打ち込んではいないなあ。と、まず、思いました。
つくる、と言っていますが、それは、内面をさらけだす行為です。
それを、やる、と決めたのに、もじもじと、出し渋っている。

ああ、もっと時間がほしい。と切実に思いました。
なのに、自分の怠惰さが大変もどかしい。
さらに、その怠惰さは、自分が決めて行っていることだという事実がまたどうしようもない。

しゃきしゃきしたいなあ。
自分の描く、「ありたい自分」は近づくとすぐに離れていきます。
自分が最近どっぷり浸かっているぬるま湯のような状況に
ぼんやりと吐き気を覚えました。

もっと自分に厳しく、だなんて、考えていませんが、(そもそもどうやるのかよくわからない・・・)
汚かったり、きれいだったりして、わりと大変に生きることを、たまに肯定したり、否定したり、
その中で見たものを空気みたいに自分にきちんと取り込む作業を大事にしたいなあ。と。

自分のコアみたいなところにあるボルトとナットが、だらしなくゆるんでいるような気がして、
たまらない焦燥感を覚えたのかなあ。
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by mamakilala | 2007-03-06 07:45 | Archive - Oct 2011


ロンドン南東郊外の3人暮らし


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