カテゴリ:かんがえる( 14 )

出る杭と滋味

a0067697_603956.jpg


イギリスでとりにくミンチはおよそ売っていない。

豚肉や牛肉やラム肉や、ましてや七面鳥まで挽肉になって売っているのに。なんでだろう。

なので包丁でたかたか叩きました。

そして、できたのは鳥のつみれ団子鍋。
生姜たっぷり。あったか。っほー。
体の隅々まで沁みていく感じは、滋味、と呼ぶにふさわしい。

どうも、どっぷりつかれていました。・・・続きを読む
[PR]
by Mamakilala | 2012-11-16 06:02 | かんがえる

へこみ

a0067697_4343599.jpg
こういうやる気のなさでやり抜けるのが理想。冗談みたいだけど、これは大学院のワークショップ中のグループ作品の一部。

ずいぶん昔、まだ日本でせっせと働いていた時に、
心にくすぶる出来事が起こって、(出来事自体はまるで覚えていない。)
日常生活を営む合間に、
どうにもこうにもウツウツとしていた。

ウツウツしている自分がうっとうしく感じられて、さらにウツウツした。

17歳の時に学んだ、‘人に話すと思いがけず楽になる‘法則に法って、幾人かの人に、話した。
地平線彼方が見えるほど前向きに励まされたり、
出来事の向こう側にいる人物を責めてくれたりした。
それで、いたたまれない気持ちで「だよねー。」(って歌があったね)などと、うなずいた。
今もお世話になっている大事な友人たちで、
だけど、その時の励ましは、ただ、ウツウツの深みを増した。

‘人に話すと思いがけず楽になる‘法則は崩れた。
と、思った。
いや、ケースバイケースなだけか。
でも、もうこのことについてははーなさない。と思った。

が、そう思った舌の根も乾かぬうちに(思った、だと、心の根?)ぺろりと人に話した。
お酒とたばこと食事が同時進行していたところで。ペロリと。さらりと。うまく語れた。

そしたら、「そういうの、へこむよね。」
実はその時、泣きそうになった。
あ、そっか。と思った。
へこんでいたのか。わたしは。
度忘れした言葉をさくっと思い出せた時より、はるかにすっきりした。

重大だと自分で思えないことでウツウツしているのも嫌だったし、
それを誰かに話して真剣に受け取られることに抵抗があった。
しかしどうにも、心から出てってくれないし、
困ったなー。困ったなー。
っていうさなかのことで。

へこむっていい言葉だなあ。
もっとガンガン使用するぞ!
これがぴったりくるシチュエーションは山ほどある。
と、過去のあれこれさえも、すっきりおさまった気分になった。

どうもその際にはお世話になりました。
今も大事に使っています。

ちなみに現在進行形で、しばらくウツウツしていましたが、
今日、へこむなー、と自分の声で音にしてみて、
また、あの日がよみがえりました。

ただウツウツする気持ちもインフルエンザウィルス並みに変化するらしく、
最近はもうちょい強めの一言を募集中です。


*******
ところで、最近すっかり衰退した脳みそにエンジンをかけるために
一生懸命五感を研ぎ澄まして考えたり感じたりする日々を送ろうとしています。
このエントリもその一環。

あんなに噴水みたいに湧き出ていた感情はどこへ行ったんだろう。
出産後の、The・女性ホルモンのせいか、それとも、ただ忙しさにさらさらと流れて行っているのか。
[PR]
by mamakilala | 2012-10-20 04:32 | かんがえる

反芻(はんすう) 嵐のような

ベビーが産まれて間もなくなぜかすごい早朝からマフィンを焼いた。

夜中の授乳でまともに寝てないのだから、
そんな時間があるなら、のんびり寝てればいいのに。

「大丈夫、これまで通り暮らせるよ」
出産後のアドレナリンが、とうてい無茶な妄想を、私に抱かせたのだろう。

a0067697_21422525.jpg



出産後1か月目をいまさら反芻。

イメージはというと、
大型台風が直撃している最中、
雨戸(できれば古びた木製が好ましい)を締め切った家の中。

停電していて、電池で動くラジオの調子も微妙。
日中なのに冬の曇天の日暮れのように暗い。
風速は軽々40kmを超え続ける。

閉じ込められても、食べ物はたっぷりあるから大丈夫。
期間限定の非日常は、楽しい。
なぜかみなぎるアドレナリン。

台風の目にはいって、家の人と一緒に停電中のスーパーマーケットへ行く。
普段と違うお店、普段と違うお買いもの。
次の嵐の前にまた安全な家に帰ろう。

これらはすべて、「子供」としての自分で体験される。
もしくは断片的に夢を見ているみたいに起こる。

と、ベビーが産まれて最初の1か月、
どんな気分で暮らしていたのかを、
思い出してみた次第です。

「嵐の日、安全なところに閉じこもって、ひっそり楽しみつつ、嵐が去るのを待っている感じ」

あえて、母として、とかに焦点を当てず、
ただ、漠然と、自分が描いたその頃のイメージを簡潔に。

じゃあ、母として、は、どうなのか?というと、
それは、あまり長く書くと「文字が多くて写真が少ない」と、読む気力をなくす人々がいるので、
改めて、反芻したいと思います。
[PR]
by Mamakilala | 2012-08-24 21:43 | かんがえる

読み違いとフロイト

a0067697_3161686.jpg

娘はクリスマスの翌日産まれ。

なので名前はマリアです。とか、ミドルネームはマドンナです。とか、
そういう話ではないです。
ちなみにがっつり和の名前で、ミドルネームはスカンジナビアの名前です。

間もなく満8か月を迎えようとしています。

出産に繋がる本物の陣痛はクリスマス当日25日の朝5時にはじまりました。
その時から今まで、楽しいのか、疲れているのか、
実は意外とのんびりしているのか、それともばたばたしているのか、
自分自身の生活がどんなものなのか、どうも、わからない。

と、考えていた今日この頃、
梅田望夫さんの本「ウェブ進化論」のサブタイトル、「本当の大変化はこれから始まる」
の「化」を読み落として読んでしまいまして。
なので、つまり、「本当の大変はこれから始まる」

読み違いを見過ごすことなかれ。
フロイトに習うなら、こんなわたしの読み違いも、真実への扉なわけで。
無意識にひそむ事実と現実。

読み違えたことに気づいた今も、どうしても「大変」と「化」を切り離してよんでしまう。

ということは、現在わたしの脳みそは、
「日々、大変だなあ。とはいえ、こんなのまだまだ序の口、本当に大変になるのはこれからよ。」
という現実を生きているのか。

当然と言えば当然の、あまりにも普通の新米母ちゃんなかんじだなあ、と。
こんな普通の感情がわからなくなっていたのは、
周りばかり見ていて、基準を「世間のお母さん」に置いていたからだろうな、と。

自分のことを考えるとき、「普通」とか「どこどこのだれだれさん」とかを比にしちゃうと、
「私はこうです」という主観がマヒしてしまいます。
「大変」って言ったって、もっと大変な人もいれば、そうでもない人もいるわけで。
しかも、その「もっと」とか「そうでもない」とかも、視点を変えると変化する。
そんな変動的なところに自分の基準を求めてはだめね。

とりあえず、娘はやみくもにかわいいです。
そして最近のわたしは、時間の観念が確実に変化しています。
そしてそして、売れ売れの本を読み違いの引き合いに使ってしまってちょっと申し訳ない。
[PR]
by Mamakilala | 2012-08-21 03:21 | かんがえる


ロンドン南東郊外の3人暮らし


by mamakilala

プロフィールを見る
画像一覧

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ

たべもの
かぞく
おうち
しごと
かんがえる
Archive - Oct 2011

以前の記事

2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 07月
2013年 12月
more...

検索

その他のジャンル

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

海外生活
子育て

画像一覧