強くてかすかな繋がり

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飲みかけの抹茶ラテ。

ある寒い土曜日の朝に南東ロンドン川沿いのカフェで発見。
日本にいたら決して注文しないものだけれど。



ないものねだりの海外暮らし。

信じられないけれど、今お寿司屋さんに行くと絶対注文するウニも、
昔は食べられなかった。食べたら吐いちゃうくらい。

ないものねだりで暮らしているからか、どうなのか、
日本で暮らしていた自分と、今の自分との差が、やけにくっきり感じられるときがある。

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(ビートルートの一種。切ってみると、かわいい縞々。)
*写真と本文は直接的に関係ありません。

月曜日から深夜までバーで過ごして、週末に家にいるなんてことがなかった時代。
ちょっとめずらしい過去の仕事や、勤めている大きな会社、お金も、友達も、まわりの男の子たちも、
そういう全部が、「すごいもの」で、「ほかの誰とも違う自分」の一部なんだと思ってた。
生きているだけで、傲慢だった20代。

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(どうやって食べようか考えて、ローストビートルートにしました。深い甘みがおいしい。)
*写真と本文は直接的に関係ありません。


あの頃、バカみたいだったり、愉しすぎたりする時間を一緒に過ごした、
「世界を股にかけたキャリアウーマン」も、
「7割の男は落とせるジャパニーズビューティー」も、
「恐ろしく頭が切れるテックウーマン」も、
「3か国語がしゃべれる芸術家」も、
「たたき上げのアントレプレナー」も、
今も皆、それぞれの形で友人で、
けれど、名前の前についていた修飾語は、
「友人」という一語になった。

彼らが、昔の私に及ぼしたもの。
そして、今の私に及ぼし続けるもの。
それらは必ずしも同じ延長線上にはないのかもしれない。

いろいろな生き方と、色々な心と、私との関係。
点とか、線とか、光とか、傷とか、温度とか、流れとか、これまでの生活の中で起こったことが、
遠い過去から、目に見えないかすかな何かで、けれどもしっかり、今につながっている。

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(たまにどうしても食べたくなる、蕎麦かきあげセット。)
*写真と本文は直接的に関係ありません。

ここ1年くらい、毎日、昔の修飾語みたいな、「すごい」なにかを探していたのかもしれない。
今、どんなものが「すごい」を自分にもたらすのか。

それで、「昔」の「すごい」ものに、思いを馳せたりしたんだろう。
同じで違うもの。「すごい」もわたしの中で形を変えていく。

大学院の版画室で、ジンクの板を無心に削ったり、酸に浸したりしながら、
磨かれたり傷つけられたりする金属を眺める。

そして、「なんでこんなことをしているのだろう」と甘いような果てしないような気持ちになる。

いい子だったり、悪い子だったりを繰り返して、ここまで来たのだけれど、
ようく考えてみると、そういえば、今も、いい子だったり悪い子だったりを、同じように繰り返している。


「ないものねだりの海外暮らし」は、
「自分と外界とのあたらしい関係性」との暮らし。
同じみたいで違う、違うみたいで同じ。
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by Mamakilala | 2013-12-18 07:30 | かんがえる


ロンドン南東郊外の3人暮らし


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